大きな災厄/小さな態度

こんにちは。
LITTLE MAN BOOKSの大和田です。

コロナの到来からもうすぐ1年が経とうとする中、ようやく今後の世界の道筋が見えてきたような、そんな気がしています。これまでなんとなくもやもやと、曖昧なままに漂っていた先行きが、ようやく明らかになり始めたのではないかと思うのです。コロナは確かに不幸な災厄です。そして不幸な災厄は、人間の社会のあり方を大きく変えていく契機となります。

こうした社会を変える契機に対して、世の中は、それを上手に利用できる人と利用できない人に分かれます。そして、利用できないよりは利用できた方がよいという考えで、多くの人が利用する側へと流れます。早く流れた人ほど大きく、遅く流れた人ほど小さく、稼ぐことができるでしょう。

私はというと、もともと変化に敏感に対応できるタイプの人間ではないものですから、こうした世の中の流れからはなるべく距離をとったところで生きていきたいし、またそれが向いていると思っています。つまり、こうした流れにはなるべく参加しないでいよう、というスタンスです。

けれども流れに参加しないということは、必ずしも、流れとは無関係に生きるということや、流れを無視して生きるということを意味するわけではありません。前者については、積極的に参加をしなかったとしても、関係することなしに生きていくことは不可能です。私たちは社会的な生き物なので、多かれ少なかれ、変化の影響を受けざるをえないのです。

私にとって世の中の変化による影響は、受けにいくものではなく、「結果的に」受けてしまうといった種類のものです。世の中の変化を積極的にリサーチして、事前にアクションを起こすつもりはありません。そうではなく、影響を受けていることにいち早く気づき、事後的に対処を考えるのがよいと思っています。

後者については、流れを無視するのではなく、むしろ注視したいと思っています。よく観察し、感じ、自分はどうすればよいかを考えるのです。ここで重要になるのは、大きな決断ではなく、小さな行動です。いや、行動というほどのこともない、小さな態度、姿勢であるかもしれません。その意味では、何をするかではなく、どのようにするかの方が重要なのです。

何をすればよいかを考えると、気が重くなりがちです。自分の判断が正しいのか間違っているのか、二者択一のように感じられるからです。しかし、こうした大きな選択は、実は小さな行動の積み重ねによって出来上がっているものだと思います。積み上げられた石の一番上の頂上が大きな選択に見えているだけで、そこに至るまでには小さな選択が脈々と繰り返されているのです。

ですから、大きな選択をどうすればよいかと迷う前に、小さな態度を積み上げていくことが重要です。それは、与えられた影響に気づいていること、そして、観察によって自身の小さな態度を決定していくことです。それは、社会の大きな動きに対して身をわきまえるということでもあります。小さな選択に正解や不正解はありませんから、余計なプレッシャーを感じる必要もありません。

人間、とりわけ個人は、無力なものだと思います。大きな災厄に対して、大きな力を駆使する、追随するという選択肢は確かにあります。けれど、こうした力によって動かし動かされる社会は、無力な1つ1つの個人の集積によって出来上がっているということを意識しておく必要があります。そして、自分にとっての真実はどこにあるのかということを、考えておくことが大切です。