ミツバチの巣箱

こんにちは。
LITTLE MAN BOOKSの大和田です。

「商品」とはなんでしょうか? 先日、スイスで刊行された、ミツバチの巣箱の本を買いました。コンパクトな文庫くらいのサイズに、分厚いページ数。紙はザラ紙です。カバーはなく、表紙のみのペーパーバックです。黄色くて可愛いデザインで、そのサイズ感といい、いかにも「紙の束」といった感じのモノ感といい、「本」というもののキャラクターを理解している人が作っているな、という印象を受けました。

けれども、びっくりしたのはその中身です。世界各地のミツバチの巣箱を掲載しているのですが、それが、巣箱の写真が掲載された雑誌や書籍、論文などをそのまま掲載して本にしているのです。いわば、「ミツバチの巣箱の写真が載っている過去の媒体」をコピーし集めて、1冊の本に仕立て上げた、という体裁です。巻末に英語とフランス語の解説が載ってはいるものの、そのざっくりとした作りには驚かされました。

掲載されている文献の切り取り方も適当で、写真の周りに掲載されている文章が中途半端に入り込んでいたり、隣の写真の端が入り込んでいたりするページもあります。レイアウトやデザインに凝ることなく、無造作な雰囲気です。いわばこの本は、作者が集めたミツバチの巣箱に関する文献を、1冊の本としてまとめただけの本に「見える」のです。とはいえ、それぞれの出典は巻末にきちんと記載されており、対象への尊敬を軽んじてはいません。「研究」の成果、資料としても、しっかり価値のあるものになっています。

こうした無造作な雰囲気を聞くと、この本は「研究者向きの本」なのかと思うかもしれません。けれども、全体の印象や細部はそうでもありません。表紙は黄色で、ミツバチのイメージを思い起こさせます。また表紙の紙はざらっとした質感の紙が選ばれ、持ち手に心地よく、しっかりとしたホールディング感があります。また、このざらつきをミツバチの巣の感触と結びつけて感じることもできると思います。本文は基本的に1色なのですが、時折黄色や水色のページがあり、これもミツバチと空をイメージしているのかな? などと想像させます。

表紙のデザインは、黄色地にスミのみのシンプルなものですが、いくつかの巣箱をトレースした画像に本編のナンバリングが施され、ちょっとした参照性と、コレクション的、博物学的な愉しみを喚起させます。何より、表1から背、表4までぐるっと掲載された巣箱の写真たちは、ラフな配置ながらどこかおかしみがあり、また趣味のよさを感じさせるものです。こうした「手をかけすぎることなく、でもちょっとした気の利いた感じ」は、この本全体が醸し出している雰囲気です。

実は私は、この本のような本を作りたいのです。肩に力を入れすぎていない、無造作で、必要最小限のシンプルな「モノ」。けれども読者への目配せはしっかりされていて、細かい部分に気が回っている。押し付けがましい親切さはないけれど、気さくな雰囲気がある。よくよく考えてみると、こうした本の特徴は、人間の特徴にも置き換えられるようなものだと思います。要は、私はこの本のような人間になりたい、ということです。本と読者との関係は、人と人との関係とパラレルです。

「商品」としての本を追求すると、「売るため」の本へと行き着きます。商品としての本とは、過剰なまでの読者サービス、そして、デザインやレイアウト、文章、紙、印刷、製本、内容すべてに渡って「完成度」という名の「質」を追求するものです。そして、こうしたサービスや完成度を実現することのできる人が、「プロフェッショナル」と呼ばれます。けれどもプロフェッショナルは、「基本」ではあるものの、「すべて」ではありません。

マーガレット・ハウエルは、インタビューの中で「プロフェッショナルとパーソナルとのバランス」について語っています。商品としての本はプロフェッショナルなものですが、その中にパーソナルな要素を「どのように」「どれくらい」入れ込むべきか、入れ込むことができるかということを考えるべきでしょう。すべての本に当てはまる「正解」があるわけではなく、ケースバイケースで個別に検討していく必要があります。何より「正解する」ことではなく、「考える」ことが重要なのです。

中国のカレー屋で成功した元DJのインタビューで、「5:3:2」の法則というものを読みました。DJでかけるレコードについて、「5はお客さんが喜ぶ曲。3は僕がお客さんに紹介したい曲。2は僕がかけたい曲。」というわけです。ここにもまた、プロフェッショナルとパーソナルの配分があります。これは明確に、コミュニケーションの配分、関係性の配分です。この配分を意識して、どのような関係を取り結ぶのか、取り結びたいのかについて、常に考えていたいと思います。

「商品」というものの考え方は、ともするとプロフェッショナルの名の下に、パーソナルを排除する傾向を生みます。パーソナルを失った商品は、人の顔を失った「ただの商品」になるでしょう。そしてお金のやりとりが最優先事項となり、お金のやりとりに関係のない項目は、率先して排除されるようになります。お金は「基本」ではあるものの、「すべて」ではありません。お金は本来、関係の表象であったはずです。お金の背後には、数字に還元されない「生の関係」があるはずなのです。

最後に、黄色い本のタイトルは「HIVES」です。つまり「巣箱」。必要にして十分。それ以上でも、それ以下でもないというわけです。