「親密さ」について

こんにちは。
LITTLE MAN BOOKSの大和田です。

最近、「親密さ」ということについて考えています。誰かと会って話をするとき、ときおり感じるこの「親密さ」は何だろう? と思うことがあります。それは、最近ある人に出会ったことでより強く思うようになったのですが、「親密さ」という言葉ではないにしてもそれに近い事柄は、これまでいつも頭に片隅にあったように思います。

普段あまり使わない「親密さ」という言葉は、例えば心地よさ、なつかしさ、やさしさ、楽しさ、興味深さなどの言葉で置き換えることができるかもしれません。けれども「親密さ」という抽象的な言葉は、指し示してほしい「この」感覚を表現するにはどうも言葉足らずで、表現しきれない何かを残しています。

英語でこの感覚に近い言葉はないかと調べてみたのですが、日本語と同様しっくりくるものは見つからず、近いと思われるのは「affection」でしょうか。この「affection」という言葉は、ジル・ドゥルーズの本などを読んでいると「情動」という言葉で訳されていて、感情の動きやそれが作用する現象全般を言い表しているようです。

本来言葉には、具体的な対象を示すものと抽象的な対象を示すもの、2つの役割の極があって、抽象的な対象を示す言葉ほど、言葉自身がその無力さを自覚して、ある意味、私たち言葉を使う側にその責任を委ねていることが多いように思います。例えば「愛」「美」「知」「真」「正義」「自由」などは、その最たるものではないでしょうか。

こうした機能不全とともにある「親密さ」という言葉に、私は英語の「affection」に近い、「感情の動き」といったニュアンスを見たいと思っています。親密さの中には感情があり、その感情の波、動きによって親密さが生まれ、そして変化し、消えていくように感じられます。

その感情は、喜怒哀楽のような明確に分類されたものばかりではなく、もっと微細な、ささやかな振動のようなものを含みます。むしろ、そのような微細な振動であることの方が多いはずだと思います。そして、こうした「微細な振動」ということを考える度、私はミツバチの羽の細かな振動を思い浮かべます。

ミツバチの羽の振動、それは主に音によって聞き分けることのできる親密さ、感情の表現です。羽の振動は空気の震えとなり、その震えが私たちの耳まで届き、彼らの感情のバイブレーションを伝えてくれます。天気がよく蜜がふんだんにあるときは楽し気で穏やかな感情が聞こえ、天気が悪く蜜があまりないときは苛立ちの感情が聞こえます。

ここで、感情とは明確に振動のことであり、その振動の中に入り込むことによって、あらゆる感情をその内に含む「親密さ」が形成されます。親密さとは、感情のやり取りによって形作られる関係性そのものです。その関係性の中には、一見親密さとは縁遠いと思われるような感情、怒りや悲しみ、寂しさが含まれます。

こうした、ある種のネガティブとされる感情は、しかし、決して避けて通るべきものであるとは思いません。こうした一般にネガティブとされる感情もまた、情動の一部であり、そのグラデーションを形成する振動の一部として肯定されるべきものです。怒りや悲しみを除いたところに、「親密さ」は存在しえないはずです。