聞くこと/話すこと

こうして編集者と著者との間で「話す→聞く→話す→聞く…」のやり取りが続くとき、編集者からのアウトプットが次の条件を満たしている場合、言葉が交換されるたびに、レンガはよりうまく積み上がっていく。

編集にとって重要な仕事は数多くあるが、もし「もっとも重要な仕事は何か?」と聞かれたとしたら、次のように答えるのではないかと思う。「聞くこと/話すこと」。そして「何を聞くのか? 話すのか?」と聞かれれば、それはもちろん「言葉」ということになる。つまり編集のもっとも重要な仕事は、言語化の作業である、ということなのだ。

「聞くこと/話すこと」の重要性は、デザインや印刷のように、視覚的に表現されるものについても変わりはない。視覚的要素も一種の言語であるという事実とは別に、編集者はデザイナーや印刷所に言葉を使ってイメージを伝えなければならないし、デザイナーや印刷所もまた、作成したイメージについて言葉で説明できなければならない。

また言葉にすることは、企画書をベースとしつつも刻々と変化する完成イメージに対して、柔軟に対応するための方法であるとも言える。僕たちは言葉を話し、聞きながら、イメージを確認し、整理し、変更を加えていく。言葉は、こうした変転するイメージに過不足なく対応し、臨機応変にその形を変えていくための有効なツールなのだ。

企画書は書き言葉であるし、メールやチャットもまた書き言葉である。それに対して打ち合わせや電話、会議といった場で行われるコミュニケーションは、その大半が話し言葉によるものだ。そして「聞くこと/話すこと」の対象は話し言葉であり、とりわけ重要な話し言葉の場は、「打ち合わせ」であると思う。

「聞くこと」は「インプット」に該当し、「話すこと」は「アウトプット」に該当する。打ち合わせでAとBが相対している時、 AとBはそれぞれがそれぞれに話をし(アウトプット)、それぞれがそれぞれの話を聞く(インプット)。 著者と編集者、デザイナーと編集者、印刷所と編集者のように「話す/聞く」の主体が変わっても、その関係性が変わることはない。

この「話す→聞く」のやり取りは、企画書や原稿、デザイン等の資料を基準としながらも、そこに含まれた可能性を模索し、引き出すために行われる。それは資料で示された範囲をある時は超え出て、ある時は破壊する。また、資料にあるイメージをより具現化し、形あるものへと変えていく。「話す→聞く」は、イメージの積み上げの作業なのだ。

この、いわば1つ1つのレンガを積んでは壊し、また積んで、また壊しといった一連の作業は、「聞くこと/話すこと」という相互のインプット/アウトプットを繰り返すことによって進んでいく1つのプロセスである。その結果、本の完成イメージは修正、削除、追加を求められ、最終的に双方にとって「よい」と思われるイメージが生み出されていく。

例えば、打ち合わせで編集者は著者の話を聞く。そして編集者は著者から聞いた話を理解し、整理する。編集者は整理した内容を著者に話す。著者は編集者の話を聞き、それを理解し整理して編集者に話す。そしてそれを聞いた編集者は…。これは、編集者と著者による、著者の持っているコンテンツの、リアルタイムでの編集の作業であると言える。

こうして編集者と著者との間で「話す→聞く→話す→聞く…」のやり取りが続くとき、編集者からのアウトプットが次の条件を満たしている場合、言葉が交換されるたびに、レンガはよりうまく積み上がっていく。その条件とは、

著者からのアウトプットが適切に

「整理」
「補完」
「肯定」

されている

ということだ。編集者は、著者からのアウトプットをインプットし、その内容を適切に整理・補完・肯定した上で、著者へのアウトプットを行う。

編集者と著者の「聞くこと/話すこと」において、編集者と著者は、非対称の関係にある。コンテンツは、著者の思考の中にある。ボールを投げるのは著者であり、それを受けて返すのが編集者である。テニスの壁打ち、あるいは投手と捕手の関係に似ている。編集者も「話す」が、それは「聞く」を経た上での「話す」である。

編集者は、著者からのアウトプットを効果的に引き出しては、返していく。著者の話を聞いた編集者からのアウトプットは、その時点で、著者によるアウトプットを編集したものとなっている。結果、著者は自分の思考が整理され、明確になったと感じる。そして、先ほどよりも明確になった思考を基準として、次の思考へと進んでいくことができる。

編集者の編集の場は、1人で原稿を読んでいる時や、企画書を作っている時、目次を推敲している時だけではない。むしろそこに至るまでに必要となるプロセス、つまり本を実際に作る人たちとの「聞くこと/話すこと」の場において、編集者はすでに編集を行っているのでなければならない。

編集者は、著者が1人で考えている時よりも、その思考をより先に進めることのできるパートナーである。編集者の役割は、著者に寄り添い、著者の中に隠れているコンテンツを著者自身が見出すための手助けをすることにある。「聞くこと/話すこと」によって、本の完成イメージをどれだけ先へ進めることができるかが、編集者には常に求められている。

2020/1/22
littlemanbooks.net