「棚」の不思議

棚は、本という商品を流通させる際の基準となるコードであり、共通化されたルールとして機能する。

「売りやすい商品」と「売りにくい商品」というものがある。本の場合、売りやすい商品というのは、「棚」という分類に則っている商品のことである。棚は、本という商品を流通させる際の基準となるコードであり、共通化されたルールとして機能する。本という商品は、 一般的に 「出版社→取次→書店」というルートを通って読者のもとへ届けられる。出版社はその商品がどの棚に置かれるべきかということから、企画の検討をスタートさせる。棚という目的地から逆算して企画された本は取次を介して書店に到着し、予定された棚に並べられる。

どの棚に置かれるべきかという情報は、棚分類、書名、出版社名など、様々な情報を使って出版社から取次、書店へと伝えられていく。取次から送られてきた段ボール箱を開けた書店員が本を取り出し、出版社が意図していた棚へと本が置かれ、読者が棚からその本を購入すれば、無事、目標達成となる。こうして本は、出版社が考える「適切な棚」へと置かれ、「適切な読者」の手に渡ることになる。そして、書店員が出版社の目論見とは異なる棚に本を置いた場合、それは出版社にとって伝言ゲームに失敗したことを意味する。

出版社は、常に「売れる商品」を作りたいと思っている。売れる商品を作るためには、その本に関心を持つであろう読者に手に取ってもらわなければならない。ビジネス書に関心のある読者は、書店のビジネス棚に来る。文芸書に関心のある読者は、文芸の棚に来る。適切な分類の棚に収まることで、その本を買ってくれる読者と出会うチャンスは高まってくる。だから出版社にとって、売りやすい商品とは「どの棚に置けばよいのかが明確な商品」である、ということになる。

目的の棚に置かれるためには、書店員の不確定な判断が少なくなる方がよい。そのために、本にはコードや棚分類がつけられ、書名やデザイン、判型、シリーズなどによって、「この棚に置いてほしい」「この棚に置くべきである」ことを全身全霊アピールする。その結果、本は共通のコードに則って運ばれていき、人の判断を最小限にしたプロセスのもと、目的の棚へと正確に到達する。どの書店の、どの書店員が見ても、どの棚に置けばよいのかが明確な商品。それが「売りやすい商品=売れる可能性の高い商品」である。

反対に「売りにくい商品」とは、置くべき棚が明確でない商品である。書店員がどこに置けばよいのか迷うような、分類が不明瞭な本。また、複数の棚にまたがるような本。また、棚そのものが存在しないような本だ。こうした本は、書店員1人1人の解釈によって、置かれる棚が変わる。それだけ、読者への伝言ゲームが失敗に終わる可能性が高くなる。人によって解釈の異なる商品は、不確定で、リスクが高く、どこへ行ってしまうかわからない。すなわち「売りにくい商品=売れる可能性の低い商品」なのだ。

LITTLE MAN BOOKSは、こうした「売りやすい商品/売りにくい商品」のどちらに対して、どのような距離をもって接するべきなのだろうか? 「売れる」ということを考えるならば、「売りやすい商品かどうか」ということから企画を考え、本を作っていくべきである。つまり、「棚」から企画を考えるのだ。「棚」という概念は、出版社、取次、書店、読者が共有して持っているルールであり、それに従ってさえいれば、規範からはみ出す可能性を低く見積ることができる。

しかし、読者へのルートを最短距離にして可能性を高めていくこの手法は、合理性を追求し、不確定な要素を排除していくものである。そして分類の先には、均質化と標準化、そして「正しい関係性」が待っている。そこでは、予想のつかない驚きや出会い、新しい解釈、判断の生まれる可能性があらかじめ狭められている。「正しい関係性」とは、すなわち硬直した関係性である。硬直した秩序からは、「新しい関係性」が生み出されることはない。

LITTLE MAN BOOKS は、「売りやすい商品/売りにくい商品」という視点を、いったん忘れることにしたいと考えている。それは否定ではなく、()に入れるということだ。「本を作る」という行為の中で、「売りやすい商品/売りにくい商品」という視点をあえて()に入れ、忘れてみること。本を作る意思は、分類された「棚」という共通の規範とは無縁の場所で生まれ、揺さぶられ、働きうる。 LITTLE MAN BOOKS は、そう「考えてみる」。あえて忘れたふりをして、あえて何も知らないという体で、本という商品を、書店員の不確定な判断に委ねてみること。そして、そこに新しい関係性が生まれる好機を期待してみること。

2019/11/30
littlemanbooks.net