蜂の感情

こんにちは。
LITTLE MAN BOOKSの大和田です。

古来、ミツバチと人との関わりはとても深いものでした。世界中の蜂の巣箱を見ていると、その多様さと、ミツバチに対する人々の愛情と崇敬の念を感じることができます。それは、ハチミツという収穫が得られるからという理由はもちろんあるものの、私たち人間にとって、ミツバチの感情がとてもわかりやすいものであるということもまた、その理由の1つなのではないかと思います。

皆さんは、ミツバチの感情? と思うかもしれません。昆虫であるミツバチに、感情があるのだろうか? またそれは人に伝わるような類のものなのだろうか? そうなのです。昆虫であるミツバチには、人がそう呼ぶところの「感情」があります。そして、その感情は人にとてもよく伝わるものです。

果たして、私が「感情」と見てとるところのミツバチのそれが、人間の感情と等しいもの、あるいはまったく同じではないけれどそれに近いものであるのかどうか、という確証は私にもありません。それは、ミツバチが見ている世界と人間が見ている世界、どこまで近縁性があるのかという問いにも関わってくるでしょう。

それでも、私たちはミツバチが発する表現に対して、私たち人間の感情に近いそれを感じます。それは主に「音」、ミツバチの羽ばたきの音によるものです。ミツバチの巣箱をゆっくり、慎重に開けると、そこにはミツバチの巣、そしてミツバチの群が現れます。それと同時に、ぶわっという音の震え、ミツバチの羽ばたく音が耳に飛び込んできます。

このミツバチの「音」は、1匹の蜂の震えによるものではありません。群を構成する、数万のミツバチたちの羽の震えによって聞こえてくる音です。そこに聞こえるのは、単独の蜂の感情ではありません。蜂の、群としての感情です。個々の蜂の羽の響きが重なり、全体の音を構成します。私たちは、群の感情を耳にします。

ミツバチの感情は、彼らが奏でる羽の音によって知ることができます。たとえば暖かな日、花が咲き蜜が豊富にある時、ミツバチの羽音は心地の良い感情を奏でます。彼らの穏やかな羽音からは、気分がよく、現在の状況を楽しんでいることが伝わってきます。そんな時、ミツバチの側に指を近づけると、快く指の上に乗り、少しの時間をその上で過ごしてくれます。

けれども、気温が低く、天気も悪く、蜜も少ないとき、特にいまにも雨が降りそうだったりすでに雨が降っているような時に巣箱のふたを開けると、そこからは明らかに機嫌の悪い羽音が聞こえてきます。それはスタジアムなどで聞かれるブーイングにも近い音で、低くくぐもった、音を聞く私たちをも不安に陥れるような音です。

このような音がするときは、要注意です。ミツバチたちは明らかに苛立っています。そして、少しのきっかけで怒り出します。蜂たちを雑に扱ったり、長い時間巣箱を開けたままにしていると、ミツバチの感情が沸点に達し、攻撃してきます。そんな時に指を差し出すのは自殺行為です。早々に切り上げて、巣箱のふたを閉じた方がよいでしょう。

私は養蜂のお手伝いをしているとき、何度か蜂に刺されたことがあります。よく覚えているのは、暴風の日のことです。風が強く、蜂場に着いたときにはいくつかの巣箱のふたが吹き飛ばされ、蜂たちの巣が剥き出しになっていました。あわててふたを戻そうと巣箱に向かって走り出したのですが、このとき、顔を覆う面布をつけるのを忘れてました。

その結果は、言うまでもありません。荒れ狂う天気と、またふたを飛ばされたことによって怒り心頭だった蜂に刺され、私の善意は期待はずれの反応によって報われることになりました。ちなみに、ミツバチの中で人を「刺す」のは、働き蜂だけです。そして働き蜂はすべて雌です。そして一度刺した蜂は、お腹が裂けて死んでしまいます。

また、顔を覆う面布の中に蜂が入り込み、それを逃がそうともがいているうち、刺されてしまったことがあります。その時の蜂の感情は、怒りというよりも不安、そして恐怖だったと思います。蜂は、自分1人が見知らぬところに迷い込み、そこには大きな怪物がいるらしい。そしてその怪物もまた、不安と恐怖におののいているようだ…。

人の感情が、周囲の人の感情に影響を受けるように、ミツバチもまた、仲間の感情に影響を受けます。また、巣箱のふたを無遠慮にあけて巣の中を覗き込む、養蜂家の感情の影響も受けるように思います。養蜂家が、楽しげでいるか、悲しげでいるか、不安でいるか。蜂の感情は養蜂家の感情と掛け合わされて、そこに「関係の感情」が生まれます。

散歩をしていて、花の側をふらふらしている蜂を見かけたら、羽音に耳を澄ましてみてください。花が咲いているのであれば、機嫌のよい羽音を聞くことができるかもしれません。また、明らかに不機嫌そうな羽音が聞こえたときは要注意です。近くに巣があって、あなたを巣を攻撃しにやってきた敵と思っているかもしれません。

こうした蜂の感情は、蜂と私たちを、感情という糸によって結びつけるものです。その感情が喜んでいるものであれ、怒っているものであれ、悲しんでいるものであれ、「伝わる」ということは、そこに「関係」があることを意味します。感情によって私たちは、蜂とその時間、その場所をともに生きていると知ることができるのです。